チョッとイタリア気分3
CASA TURISTI
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Il Super Cuoco in Sudtirol
南チロリアンのスーパーシェフ
 15年ほど前に比べて多くのガイドブックなどでの紹介記事と相まって、、比較的安全性などの点からみても、イタリアへはより行きやすくなっている。料理、ファッション、デザイン、音楽など独特の文化がそこにあり、明るく情熱的で優れた生活大国、買物天国なるイメージが多く抱かれている。しかし、僕の場合もそうであるように、その場所を訪れ、土地の人とのふれあいにて経験したことを誰かに聞いたりする場合、その個々のイタリア観なるものをイタリア全部がこうであるとついつなげてしまう。
昔の映画などで、外国から見た日本人の出るシーンに、サムライの国、女性は必ず着物を着ているなどのシーンにも出くわすが、殆どが神話の世界のような要素の固まりに過ぎない。
イタリアも同様、全ての人が人生の快楽は食にあり、カンツォーネはどこでも歌われているなどのイメージはまったく見うけられない。10年ほど前に知り合った、あるイタリア人の中に、トマトソースが苦手でワインが飲めない人がいた。
僕の知る限りでは、そんなやつを聞いたことがなかったのでかなりショックだったのを思い出した。
そういえば、イタリア南部ではトマトソースを使ったスパゲッティが殆どメニューに存在するが、北では、大都会あるいは外国人の多い観光地意外は、スパゲッティの名前すら書かれていないところのほうが多い。
何度となくイタリアを訪れた人はご承知のように、イタリアにはイタリア料理なるものは存在せず、各地方料理、地方料理の融合的なものなどで成り立っている。
その知人は、恐らく北のトマトのない都市の生まれだったのであろう。
料理やファッションといった一部の物理的なものの裏側には、イタリア国内での文化の相違が大きく影響されている。
「さ~すがイタリア人」とか、「やっぱりイタリアだから」とか両面で良悪の判断さえなされる便利な言葉も現実ではある。しかし、国民性の全体像ではなく、個人個人の性格や生活環境においての影響が左右されただけの問題に過ぎない。
日本人も世界中の人々も皆、同じことが言えるのである。
チョッと堅い話になってしまったが、要は、イタリアにもトマトの苦手な人もいるわけで、勝手にイタリア人的というのはイタリア人にはいい迷惑だったりするのである。

 オーストリア国境に近いボルツァーノの街へ行ったときのこと。
地元では、SUD TIROLEと呼ばれるアルト・アディジェ州の州都でもある。
この州は、まるで独立国のような場所。全てに於いて、僕の今まで思うところのイタリアンシステムとはかけ
離れた異国の文化を感じた。
スキーや有名な渓谷ツアーなんかで訪れる人が年々増えているらしいので、そう感じた人もいると思う。
ボルツァーノはそんな州の一番の都ではあるが、そうはいっても殆ど歩いて回れる範囲のとっても小さな街。
チョッと歩き疲れ、古いアーケードでバールを探したときのこと。
いくつかそれらしきものはあったのだが、BARとは書いてない。テラスもなく初老も”たむろ”していない。
内装もどことなくウイーン風アールヌーヴォー調といった感じのカフェ。チョッといきなれたところのそれとは異なり、カウンターのスタンディング注文はなく、座った席までウェイトレスがオーダーを取りに来るシステムなのである。
いつものようにカフェラッテを注文してみると「カプチーノでしょ?」と言う感じの問われ方をした。そのときは「ナンだ?」と思って、
別のカフェにも立ち寄って同じことをやってみた。また、「カプチーノでしょ?」である。
カプチーノというイタリアの伝統ドリンクはあってもカフェラッテは通じないのかな? なんて思いながら待つことにしたのだが、
カプチン派の修道女様方が頭にかぶるそれとは似ても似つかない、とても美しい模様の入ったものが運ばれてきた。
当然、ミルクとエスプレッソを使うのだろうが見た目がまったく違っていたのである。
北イタリア風カプチーノ・ウィーン版とでも名づけたほうがよいのか、改めて異国の文化圏を悟った。
この街は、建物といい、街の人の顔つきといい全てにおいて僕の持つイタリア観とは遙かに遠いもの
があった。グラフィック好きな人にはたまらない印刷技術の盛んなイタリアであるが、僕もその部類で、
よく、ショップカードや色鮮やかなバールの小さな砂糖袋を持ち帰っている。この街の店のロゴマーク
は、殆どどことなく東欧的なイメージであった。
イタリアの店名には語尾がOやAのものが多いのだが、ここにはほとんどなかった。
たまに道路標識や案内の看板が、ドイツ語表記、その下にイタリア語表記と2重に書かれてあるのを
見かけたが、その字体までもかえているのにはビックリである。
ソコまでする必要はどこにあるのだろう? チョッと不思議に思った。
文化圏の違いとはいってもイタリア国内なのに言語統一がなされていないのである。
アルト・アディジェ。
どうやら70%は占めるであろうと言われる異文化系の人々。この方々はドイツ語を母国語とするスッドチロル(南チロリアン)と呼ばれる独自の冶自体で成り立っているらしい。
10cmほど顔を近づけてジェスチャーなしでは会話がなりたたない、僕のもつ、「典型イタリアン」とはまったく違う会話の様子。
物静かでいて、とても堅実味のある印象であった。
ボルツァーノからそう離れていないイタリア最北端に位置する街、ブレッサノーネやブルーニコと言う小さな街へ足を運んでみたが、
ここも皆さん南方チロリアンばかりであった。
ご年配のおじ様方は皆さんチロリンハットに羽をつけて、路行く人路行く人に挨拶を交わしていた。
そんな中、イタリアでちょうど料理の修行中だった秋田氏と橋本氏の紹介で、星を獲得したリストランテで
最も北に位置するシューネックという山小屋風のリストランテへ出向くことになった。
ここのオーナーシェフ、バウンガルトネール氏は、弟氏と奥様と共に家族経営にあたっており、やはりスッド
チロレールの血をひく家系である。
シェフ自身は、独特ななまりのあるイタリア語で話していたが、氏の奥様は、ドイツ語しか話さないらしく、
スッドチロリアーナなる美人おかみとは、笑顔でコミュニケーションは取れたものの、イタリア語がまったく
通じない。お皿を運んでくる際のイタリア語の料理名でしか言葉がなかったのでちょっと残念。
白いコック服に、受けを狙ってか、そういう趣味なのか、ウサギさんチームのようなメルヘン調なサロンに
身を包む派手好きスーパーシェフは、とても気さくな方である。興味津々、調理場や地下のセラーなどを全て案内していただいた。
いくつかの部屋に分かれた広いリストランテスペースはまもなく半分改築しワインバーにする予定であると小まめに話をしてくれた。
他では味わえないこの地方特有の伝統料理を踏まえてコース料理をお願いしてみたのだが、ここでも更にびっくり。
ウインナーソーセージなんかに付くあのザワークラフトのようなもの。パン、チーズ、スペック(この地方のものがいちばんうまい)を
粉とミルクでのばし団子状にしてあげるコロッケみたいなもの(カンネデルリ)などが順に出された。
経験不足か情報不足なのか未知のイタリア料理の世界がまた広がってしまった。
ワインリストは、見事なまでに地葡萄が生産者別に100種類はあったであろうか、
sudo tiroler + 葡萄の品種名〜と書かれた構成で並び、他の州のものも満遍なく、抑えるべきアイテムは抑えてあった。
リストの中から今宵のワインはピノ・ネロ種(ブラウブルグンデール)に決めたのであった。

一軒家の暖炉脇のテーブルは、どことなくディズニーランド的メルヘンな気分であり、暖かくチロリン村の幕を終え、
イタリア料理ではないとは言い切れない北の珍しい料理の一部を経験することとなった。
僕にとっては、新しい異文化圏の貴重なイタリアであった。

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