幾度となく、イタリアへ足を運ぶようになってから気になってしまうのが各地の方言である。
まったくもって聞き取れない現代用語と言うか「つ~か~言葉」というかイタリアにもそれらしい新しい言葉が生ま
れているようで、方言と言うより、さらに難しく聞き取れないことしばしばである。
今、イタリアで使われている最も標準的なイタリア語の語源は、いつごろから定着したのであろうか?
ブラジルやスペイン、ポルトガルのように文法が同じようなイタリア語と似た言葉を持つ国が、世界中にちらばっ
ているようだが、その語源はどこから来たのかな?などと考えてしまうと夜も眠れないのである。
それ系の方々や専門の書物によると、イタリア語の規範は何処に従うべきかという重要な国語問題となってい
るらしいのだが、その統一は、国家の統一が非常に遅かったため、政治的行政上の力が、言語の上に重要な
影響を及ぼすようになったのは、わずか130年あまりというからびっくりである。
つまり、今のイタリア語の確立、すなわち言語統一は、たったの130年ということになる。
7世紀ほど前のことだが、ダンテの詩句やボッカチオの何だったか忘れたが、それらの小説が書かれたルネッ
サンス時代はどういう言葉が使われていたか気になってくる。
聞いた話で恐縮なのだが、その原書の中は、非常に難しい形や失われた言葉がいくつかあるらしいのだが、
全体の構成や一つ一つの単語は、もっとも、現代のイタリア語に近いのではとも言われているそうだ。
イタリアが統一される遥か遠い時代ではラテン語という言葉が使われていたことは言うまでもない。
ただ、今の時代のイタリア各地で使われている主な言葉は、ラテン語(Latino) から出た他の言語(Lingua Neo
-lati
na,romanzaともいう。)も本家本元のラテン語に近いと記されている。
とすれば、今、標準とされているトスカ−ナ語(ミラノあたりからすると方言扱い)もラテン語に近いことになるの
だが、それが母語であるとは言い切れないから難しくなる。
その「母語」の意味についてを、ある言語辞典で調べてみたら古代ローマで使われていた言葉、古代ラツィオ
の言葉、また、ロマンス語圏で使われている言葉であるとあった。
ロ−マ帝国の建国者であるアウグストゥスの時代の中心地ラティウムで使われていたものや、現在の一部の
イタリア人やフランス、スペイン、ポルトガル、ル−マニア、スイス人などヨ−ロッパ各地の人が用いているロマ
ンス語も、幅広い意味では、ラテン語(Latino)と呼ばれてもおかしくない。
イタリア語の文法とは似ていても別物のニュアンスがある。ニュ・ジュ・ジェ・ヴァ・ヴ−?な~んて言葉で、ほん
の少しは知っているつもりのイタリア語を、さらに、むちゃくちゃに訛らしたような言葉にも
聞こえるが、馴染みのない僕にとっては、何を言っているのかさっぱりである。
Tutte le Strade Conducondo a
Roma. [すべての道はロ−マに通ず」
誰もが知っている有名な諺だが、
古代ロ−マ帝国は、当時の諸外国に対して言葉での支配
権をも全てを確実なものにしていたのでだろうか?
支配下にあった一部の他民族やロ−マ帝国以前の先住者である「ワインの地」として知られ
るエノトリアの人々やアラブ諸国の人々は、今の標準イタリア語となった言語を多く取り入れら
れてきている経緯であるらしいのだが、それ以外の支配下にあったところはどうなんだろう?
余談だが、イタリア語で「酒屋」という、即ちエノテカと言う単語は、ワインをロ−マ帝国にもたらしたエノトリア
からきた名前であることは言うまでもない。
なんとなく最近日本で使われるようになった一般的馴染みのイタリア語は、かなり面白いエピソ−ドがありそ
うで楽しくなってしまう。そういう専門の辞書なんかあったりしたら、売れそうもないのだが一番に買っちゃいそ
うである。
これは、チョッとニュアンスが違うのだが、いつごろ日本に登場したのか『ロマンチック』と言う外来語なのか日
本語なのか微妙な言葉がある。たぶん、どこかの誰かが「ロ−マのように」を形容させた、すなわちロ−マが
あまりにも美しいので文字を変形させて作った言葉に相違ない。
ある辞書に「non volere capire il
latino」と言われる比喩的表現が書かれてあった。
この意味は「深い意味(真実)を知ろうとしない」と飛躍して訳されているが、
「latino」とは、その意味の背景を知る必要はないということなのだろうか?
どうやら、Latino
の語源は調べる必要なし、複雑なことはあきらめるが一番だ
という事なのだろう。
面倒なことはその真実を知る必要はないというのがイタ
リア人の国民性なのだろうか?
単にイタリア人と決めるのもどうかと思うのだ
が、やっぱり、歴史的複雑きまわりないむちゃくちゃなところが、現代イタリア
そのもののようでもあり、とても、僕には楽しくてしかたない。
恐らく観点の違いであって、そういう人もいればそうじゃない人もいて、それは個々の考え方だろうから、「真
実を知ろうとしない」のことわざは、チョッと言い訳的にも思える便利な表現ではあるが、それを考えたイタリア
人の祖先はすごい。いろいろとイタリア語の辞書を見たりすると新しい発見ばかり目に焼きつく。
また、その中から一つ面白い言葉を見つけてしまった。
Maccheronico 《マッケロ−ニコ》
美味しそうなパスタの一種?と思いきや、どうやら「マカロニ語」と書かれていて15世紀の中ごろの文学に使われて
いて現代イタリア語とラテン語の混ざり合った言葉だと記されてあった。
なんかリズム感があってとってもよろしいのだ。
マカロニ♪♪。
正式にはマッケロ−ニなのだが、有名なショートのあのパスタは、ここから来た語源なのかな~なんて勝手なことを考
えだしていたら、イタリア語オモシロ探しで、今夜も眠れない一日が続くのである。